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大阪地方裁判所 平成7年(わ)1213号 判決 1996年2月19日

本籍

大阪府豊中市新千里西町二丁目六番地の一一

住居

大阪府豊中市千里西町二丁目六番一一号

会社役員

藤井靜雄

昭和三年三月二一日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官室田源太郎出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年八月及び罰金五〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪府豊中市新千里西町二丁目六番一一号に本店を置き、飲食店の経営及び不動産の売買等を営む株式会社丸善(資本の額は三〇〇万円、平成五年九月一三日解散)の代表取締役(同日以降は清算人)として同社の業務全般を統括していたものであるが、被告人の依頼を受けて同社の法人税確定申告手続に関与した鈴木彰及び平井龍介と共謀の上、同社の業務に関し、法人税を免れようと考え、平成四年一一月一日から平成五年九月一三日までの事業年度における同社の実際の所得金額が七億二二四五万三七一一円(別紙(一)修正損益計算書参照)、課税土地譲渡利益金額が一五億二九二六万七〇〇〇円(別紙(二)税額計算書参照)で、これに対する法人税額が四億二二一〇万四五〇〇円(別紙(二)税額計算書参照)であったにもかかわらず、固定資産売却益の一部を除外する行為により、その所得の一部を秘匿した上、平成五年一一月五日、大阪府池田市城南二丁目一番八号所在の所轄豊能税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が七八三万五五二一円、課税土地譲渡利益金額が八億一四六五万一〇〇〇円(但し、申告書には誤って七億三九八一万四〇〇〇円と記載)で、これに対する法人税額が八二六六万一一〇〇円(但し、申告書には誤って七五一七万七四〇〇円と記載)である旨の内容虚偽の法人税確定申告書(平成四年一一月一日から平成五年九月一三日までの事業年度分の解散申告書)を提出し、そのまま法定の申告期限を徒過させ、もって、不正の行為により、別紙(二)税額計算書記載のとおり、右事業年度の法人税三億三九四四万三四〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

(注) 以下、括弧内の漢数字は、証拠等関係カード記載の証拠番号を示し、漢数字のみのものは検察官請求分、「弁」とあるものは弁護人請求分である。

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官調書〔二一七ないし二一九〕

一  分離前の相被告人鈴木彰及び同平井龍介の当公判廷における供述

一  鈴木彰〔二二一、二二二〕、平井龍介〔二二三、二二四〕、酒井君子〔二一〇〕、野崎泰秀〔二一一〕、井上明範〔二一二〕、池上毅〔二一三〕及び藤井啓至〔二一四〕の検察官調書

一  査察官調査書〔二〇六ないし二〇九〕

一  証明書〔一九九〕

一  「所轄税務署の所在地について」と題する書面〔二〇〇〕

一  法人登記簿謄本〔二〇一〕

一  土地登記簿謄本〔二〇二、二〇三〕

一  閉鎖された土地登記簿用紙謄本〔二〇四〕

一  閉鎖された建物登記簿謄本〔二〇五〕

(法令の適用)

被告人の判示所為は、平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により同法による改正前の刑法(以下「旧刑法」という。)六五条一項、六〇条、法人税法一五九条一項に該当するところ、所定刑中懲役刑及び罰金刑の併科を選択し、かつ、情状により同条二項を適用して、右の罰金額はその免れた法人税の額に相当する金額以下とし、その所定刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年八月及び罰金五〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、旧刑法一八条により金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

一  本件は、被告人が、鈴木及び当時税理士であった平井と共謀の上、被告人の経営する株式会社丸善の平成五年九月期の法人税確定申告に関し、三億三〇〇〇万円余りもの高額の法人税を免れたものであって、ほ脱率は約八〇・四パーセントに達し、納税義務に著しく反する重大事案である。

二  そこで、その犯行態様についてみるに、本件は、丸善がその所有する土地及び建物を売却した結果発生した約一六億一〇〇〇万円の固定資産売却益を圧縮するため、鈴木が右土地について半分の持分を有しているかのように仮装し、その旨の内容虚偽の和解調書を作成することによって、右固定資産売却益から約七億一〇〇〇万円もの多額の利益を除外するという方法によって敢行されたものであり、巧妙かつ大胆な犯行であると言わざるを得ない。

また、本件脱税における被告人の役割について検討するに、被告人は、本件脱税の方法等に関して鈴木及び平井と話し合った上、右両名と共に前記脱税方法を決定したのみならず、前記内容虚偽の和解調書を作成するために鈴木と共に司法書士事務所や裁判所へ自ら赴いており、その上、右和解調書の内容に沿った資金の流れがあったかのように仮装すべく、鈴木をして架空の領収証等を作成させ、さらには、本件確定申告書提出の際には自ら同申告書に署名押印しているのであって、以上からすれば、被告人は、本件脱税に対して積極的に関与し、また、欠くことのできない重要な役割を果たしていたものと評価することができる。

さらに、被告人が本件脱税に至った動機は、前記丸善所有の土地及び建物を売却したものの、事業や株式投資の失敗のために抱えていた被告人及び被告人の経営する丸善ほか一社の負債を整理すると、被告人の手元にはほとんど資金が残らないため、自らの老後の生活資金等を捻出するため脱税をしたというものであるが、特に同情すべき事情ではない。

以上のとおり、本件脱税の規模及び態様並びに被告人の関与の状況等からすれば、被告人の刑事責任は重大である。

三  ところで、被告人は、当公判廷及び被告人作成の陳述書〔弁三〕において、被告人が鈴木に対して本件申告手続を依頼した経緯につき、鈴木から、国は、いわゆるバブルの崩壊によって損失を被った納税者を対象に期間や財源を限定して密かに特別救済措置を実施しており、鈴木の所属する自由民主党同志会(以下「自民党同志会」という。)に依頼すれば右救済措置を受けることにより税金を少しでも軽減することができる上、事務手続は自民党同志会が責任をもって行い、所轄税務署に納めるべき土地譲渡利益金額にかかる税金全部を自民党同志会を通じて国に直接納めることになるけれども、右救済措置の適用を受けるためには審査を受ける必要があり、鈴木であれば自民党同志会に対して被告人からの依頼を受け入れさせることができるが、年内限度枠があるので早く決算書類を提出して審査を受けた方が良い旨言われたので、被告人は、右救済措置の適用を受けることができれば合法的に税金が安くなると考え、鈴木を通じて自民党同志会に対し、本件法人税の申告手続を依頼したのであって、鈴木に対し右依頼をした際には脱税をするつもりはなかった旨供述し、また、被告人の長男で、鈴木らとの交渉の場に被告人と同席していた藤井啓至作成の陳述書〔弁五五〕も、これに沿う記載内容となっている。

そこで、右被告人の公判供述の合理性について検討するに、

1  被告人は、当公判廷において、右特別救済措置の話を聞いたのは、二回目以降に鈴木と会った際であると供述し、また、二回目に鈴木に会う前には、既に、鈴木に対して本件申告手続を依頼するつもりであったとも供述しており、右両公判供述を前提とすれば、被告人は、鈴木から右救済措置の話を聞く以前に、鈴木に対して本件申告手続を依頼する意向を固めていたこととなる。その一方、前記のとおり、被告人は、右救済措置の話を聞いた上で鈴木に本件申告手続を依頼する意向を固めた旨供述しており、これらの被告人の右救済措置に関する供述は相互に矛盾するものである。

2  被告人は、鈴木及び平井との交渉に臨む際には、前記藤井啓至に指示して丸善の税額計算書類等を作成させていたことや、鈴木に対して、本件脱税工作に伴う丸善の経理処理に沿った領収証等の書類のほか、一旦預けた金員に関する預かり証や報酬に関する協定書の作成を依頼していたこと等からすれば、経理関係には几帳面な性格であったものと認められ、現に、前記被告人作成の陳述書にも、被告人は大雑把なことは大嫌いである旨の記載がある。それにもかかわらず、被告人は、当公判廷において、右特別救済措置について、鈴木からその詳細な制度内容については聞いていなかった上、その法的根拠等について、平井や当時の顧問税理士等にその内容を問い合わせたこともなく、また、誰とも相談をしたことはない旨供述し、右供述からすれば、被告人は、右救済措置の法的根拠やその内容についての具体的な認識及び理解を欠いたまま、鈴木と共に本件申告手続を進めていたこととなるが、これは前記被告人の性格からすれば不自然な経過と言わざるを得ない。

3  被告人は、鈴木に対して本件申告手続を依頼した後、前記のとおり、丸善の売却した不動産の一部について鈴木の持分があったかのように仮装した上、それに沿った形で内容虚偽の和解調書や領収証等を作成したり、丸善の帳簿を改ざんしているが、右の各行為は、いずれも、バブルの崩壊によって損失を被った納税者を合法的に救済するという、前記被告人の公判供述における右特別救済措置の趣旨からはかけ離れたものであり、被告人は、鈴木と共に積極的に右のような偽装工作を行っている。

4  被告人は、当公判廷において、前記のように、鈴木から、右特別救済措置に関し、確定申告書は自民党同志会において作成し、土地譲渡利益金額にかかる税金部分については、所轄税務署に対して納付するのではなく、自民党同志会を通じて国に納めることになると説明されていた旨供述するが、所轄税務署ではなく、自民党同志会を通じて国に税金を直接納めるということ自体考えられないことである上、実際には、被告人は本件確定申告書を平井から受け取って署名しており、また、その際に平井から右申告書を示されて法人税額について大まかな説明を受けており、当然、本件申告税額の中に土地譲渡利益金額に対する税額も含まれていることは分かっていたはずであるのに、右申告税額全額について所轄豊能税務署に対して納付しており、右被告人の公判供述における右救済措置に関する鈴木の説明と実際の被告人の行動とは異なっている。

以上のとおり、右特別救済措置に関する被告人の公判供述等には不自然、不合理な点が少なくない。

さらに、証人鈴木彰は、当公判廷において、鈴木が被告人に対して右特別救済措置のような説明をしたことはない旨供述しているほか、被告人、鈴木彰、平井龍介及び藤井啓至の検察官調書にも右特別救済措置に関する供述記載は全くない。

以上からすれば、鈴木から特別救済措置の話を聞き、同救済措置の適用を受けることにより合法的に税金が安くなると思ったとする前記被告人の公判供述は信用できず、また、鈴木から被告人に対して、特別救済措置の適用を受けることによって合法的に本件法人税額が安くなる旨の話があったとは認められない。仮に、前記被告人の公判供述及び被告人作成の陳述書等を前提としても、被告人の供述するところの特別救済措置とは、前記のとおり、丸善の売却した土地について鈴木の持分を仮装するなどの偽装工作を前提として行われているものであり、被告人が、右救済措置によって合法的に本件税額が減額されるという認識を持っていたものとは到底認められない。

四  他方、被告人は、丸善の本件脱税につき、修正申告を行った上、ほ脱した法人税及び法人特別税については全額の納付を完了している。また、被告人は、本件脱税の報酬として、鈴木に対して約二億九〇〇〇万円、平井に対して二五〇万円をそれぞれ丸善から支払っている。さらに、以上に加えて、被告人は、鈴木から前記特別救済措置の話があったとする点を除けば、脱税工作への関与等の犯罪事実自体については大筋において認めた上、自らの刑事責任を自覚し、反省していること、被告人にはこれまで前科がないことなど、量刑上被告人に有利な事情も認められる。

五  なお、丸善は、判示のとおり、既に会社を解散した上、清算手続に入っており、実質的な資産を有していない。

六  そこで、以上の事情を総合して考慮の上、被告人を主文の懲役刑及び罰金刑に処し、懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中正人 裁判官 松下潔 裁判官 増田啓祐)

別紙(一)

修正損益計算書

<省略>

別紙(二)

税額計算書

<省略>

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